小島秀夫のビデオゲーム芸術への献身は疑いようもないが、そのキャリアを通じて一つの疑問がつきまとう:「なぜ彼は映画を監督しないのか?」この認識はおそらく彼の特徴的なスタイルに起因している——コナミや小島プロダクションで手がけた、綿密に作り込まれたカットシーンを通じて壮大な物語が展開される、映画的要素に富んだゲームだ。しかし、この評価は正確なのか?そもそも重要なことなのか?
プレイデータを分析した結果、各メインラインの『メタルギアソリッド』シリーズと両『デスストランディング』作品におけるカットシーンの割合を算出した。予想通りの発見もあれば、驚くべき結果もある。
小島作品の映画割合を分析
HowLongToBeatの平均クリア時間を元に、総カットシーン時間とゲームプレイ時間を比較し、その比重を算出した。数値は以下の通り:
メタルギアソリッド:20.29%(プレイ時間11時間30分、カットシーン2時間20分)
メタルギアソリッド2:23.21%(プレイ時間13時間、カットシーン3時間1分)
メタルギアソリッド3:26.35%(プレイ時間16時間、カットシーン4時間13分)
メタルギアソリッド4:40.63%(プレイ時間18時間30分、カットシーン7時間31分)
メタルギアソリッド5:8.13%(プレイ時間45時間30分、カットシーン3時間42分)
デスストランディング:15.75%(プレイ時間40時間30分、カットシーン6時間22分)
デスストランディング2:15.97%(プレイ時間37時間40分*、カットシーン6時間1分)
*注:カウント対象はスクリプト化されたシネマティックスのみ——コードック通話などのインタラクティブ会話は除外
*プレイ時間はIGN編集部データに基づく推定値
小島の進化する物語手法
オリジナル『メタルギアソリッド』三部作は顕著な一貫性を保ち、カットシーンがゲームプレイ時間の20-26%を占める——MGS4で40%に急上昇するまでの緩やかな上昇傾向だ。この作品は71分間のフィナーレで有名で——長編映画より長い。
MGS5は対照的に、オープンワールド体験の中でのカットシーン割合はわずか8%。革新的なステルスメカニクスは賞賛されたが、断片的な物語は前作に比べて未完成感が残る。
『デスストランディング』二部作は中間的な位置付け——カットシーン割合はオリジナルMGSに近いが、総プレイ時間はMGS5規模に達し、ゲームプレイを圧倒しない重厚な物語を構築している。

映画とゲームプレイのバランス術
初期『メタルギア』はカットシーンを効果的に使用——20-25%の割合がステルスメカニクスを再定義したゲームプレイ革新を損なうことはなかった。しかしMGS4は数十年にわたる物語の集大成を優先し、ゲームプレイの合間に受動的な長尺シーンが多発した。
MGS5のオープンワールド移行は意図せずストーリーテリングを希薄化した。探索と物語を融合させる他作と異なり、ゲームプレイと物語提示を厳密に分離した。

『デスストランディング』は小島の原点回帰——物語は主にホログラム通信とカットシーンで展開されるが、孤独な移動ゲームプレイが「孤立と絆」のテーマを強化する。
小島の業界影響とレガシー
小島作品の割合は他作と比べてどうか?『The Last of Us Part 2』(15.55%)や『GTA V』(12.5%)も同様の控えめなカットシーン割合だが、絶え間ない会話で濃密な物語質感を生む。小島作品の主人公——スネークやサム・ポーター・ブリッジズ——は孤独の中で輝き、沈黙の旅が映画的区切りで中断される。
「小島は映画を作るべきか?」という議論は的を外している。彼の真髄はインタラクティビティと映画を融合し、他メディアでは再現できない体験を創出する点にある。MGS4のような初期の過剰はあったものの、『デスストランディング2』はバランスの取れたストーリーテリングの熟練を示す——30年経っても小島の手法は進化しつつ、唯一無二のままである証だ。

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